伊東靜雄

「燈臺の光を見つつ」の詩碑を

史跡「堺燈臺」下に建立


伊東靜雄生誕100年を記念して

「堺燈臺」をうたった詩碑を建立しました。

伊東靜雄(明治39年~昭和28年)は日本の代表的詩人であり、

30歳から亡くなるまで、堺に住み、

堺の町屋をうたった詩を含め多くの詩を残しています。

三島由紀夫は伊東靜雄を慕い、尋ねてきた三島を燈臺に案内しており、

伊東の詩を愛する多くのファンは堺を探索し、又燈臺を訪れています。

堺を代表する文化財であり、堺のシンボル的建物でもある「堺燈臺」

海辺のプロムナードを散策し、燈臺を眺めながら

詩人の想いに耽られるも一興かと想います。


建立地 史跡「堺燈台」下,防潮堤(プロムナード)

 

「堺燈臺」は明治10年に日本最初の木製燈臺として建てられ、

昭和43年まで大阪湾を照らしていた。

現在はその役目を終え、史跡として保存されている。

史跡「堺燈臺」は解体修理、平成19年7月に完成している。

同時に防潮堤もプロムナードとして整備された。

<国道26号大浜北町交差点から西へ徒歩10分>

<大浜公園内大浜体育館駐車場から徒歩5分>

 

詩   「燈臺の光をみつつ」 昭和14年「コギト」発表作

建立日 平成19年7月19日

建立者 丸三楼雪陵庵 

建立後は堺市に寄贈し堺市が管理

 

丸三楼と堺燈臺

堺燈臺下は、

安政2年(1855)に堺大濱に創業した「丸三楼」の

「堺大浜丸三楼別館」の跡地であり、

伊東静雄の日記に、昭和13年9月20日『夜、「堺」にて宴会』と

書かれたものが残っており、

「丸三楼別館」からも燈臺の光を見たものとおもわれる。

 現在の「丸三楼雪陵庵」の建物は

「堺大浜丸三楼別館」の建物の一部を移築して建てられている。 

 

史跡堺燈臺と詩碑

テキスト ボックス: 燈臺の光をみつつ
くらい海の上に 燈臺の緑のひかりの
何といふやさしさ
明滅しつつ 廻轉しつつ
おれの夜を
ひと夜 彷徨(さまよ)ふ
さうしておまへは
おれの夜に
いろんな いろんな 意味をあたへる
嘆きや ねがひや の
いひ知れぬ――
あゝ 嘆きや ねがひや 何といふやさしさ
なにもないのに
おれの夜を
ひと夜
燈台の緑のひかりが 彷徨ふ


    伊東靜雄 ホームページ http://www11.ocn.ne.jp/~kamimura/

    堺燈臺   http://www.lib-sakai.jp/kyoudo/index.htm

 

            

堺大浜丸三楼別館と堺燈臺